大阪地方裁判所 昭和33年(ヨ)1027号 判決 1959年7月27日
申請人 入江隆
被申請人 近畿車輛株式会社
主文
申請人の被申請会社に対する当庁昭和三三年(ワ)第一、九一九号損害賠償請求訴訟の本案判決確定に至るまで、被申請会社は、申請人に対し、一日金四六三円の割合による金員を、総額金一、五五五、七九九円に満つるまで、毎月末日限り支払わなければならない。
訴訟費用は、被申請会社の負担とする。
事実
第一、申請人の主張
申請人訴訟代理人は、主文第一項同旨の判決を求め、その理由を次のとおり述べた。
一、事故の発生
申請人は、昭和三一年八月一八日、被申請会社(以下会社という)に入社、艤装課配管部門の臨時工として勤務していたものであるが、同年一一月二日午後四時三〇分頃(会社の定時退社時刻は、午後四時である。)配管部門の村松工長の命により、器具部門の中山工長代理の指揮を受け、田中音松及び松本正春と共に、その助手として、近畿日本鉄道奈良船線向け電動車車体(以下本件車体という)の上心皿孔明工事に従事することとなつた。本件車体は、工事完成直前のもので、第二工場において大半の工程を終え、車体内部の電気装置及び工具の取付工事と車体下部の台車取付工事を残すのみの状態であつたが、試運転を翌日にひかえ、工事の完成が急がれていた関係上、車体内部の作業と並行して、台車取付工事を行うという突貫作業を行う必要が生じたので、森田工程課長の指揮によつて、同課所属の力石豊三郎の指図のもとに、電気工夫、大工等約五、六人の作業員が、車体内部にて、螢光灯の取付工事とドアの窓枠にネジを取付ける工事を続けているままの状態で、第二工場から、本件事故の発生した新工場の作業現場まで、車体下部の両端をトロッコに乗せて、移動したものである。
そして、本件事故現場に到着した後、右力石の指図のもと、約四、五名の工程課員によつて、本件車体前部のトロッコを取出し、その部分をハッカーではさみ、ハッカー上部をクレーンで吊上げ、別紙第一図のごとく、後部トロッコと水平の高さに保つたうえ、前記田中、松本及び申請人の三名が、車体下部にもぐりこみ、上心皿孔明工事に着手した。申請人は、ほぼ別紙第二図図示のごとき位置にあつて、田中が電気ドリルを用いて上向きの姿勢で孔明けを行つている向い側で、ドリルの柄を支えていたが、三か所の孔明作業が終り四箇目にかかつた頃(午後五時三〇分頃)、ハッカーのつめと車体受との間に挿入してある樫詰木が割れる音と共に、本件車体が落下したものである。申請人は、詰木の割れる音で危険を感じ、外部に逃出そうとしたが、間に合わず、落下してくる車体が、申請人の右頭部、肩、右半身等に激突し、後記のような重傷を負うに至つた。
二、事故の原因と会社の責任
1、車体の動揺
前記のとおり、本件車体は、後部をトロッコに乗せ、前部をクレーンと連結したハッカーで吊上げていたものであるが、かような吊上げ装置をとつている際に、車体内部で、五、六人の作業員が作業に従事して右往左往する場合には、その体重によつて、車体が左右に動揺する可能性のあることは明らかで、現に本件車体の落下する前に、車体の動揺した事実は、申請人の経験したところである。
しかして、別紙第三図を参照すれば明かなように、詰木の厚さを二〇ミリ、車体受の厚さを九ミリ、ハッカーのつめの高さが三五ミリであるとすれば、結局、ハッカーのつめは僅か六ミリの余地を残して車体にかかつていたこととなる。そこで、車体受底面が丸味を帯び、つめの上面もまた丸味を帯びている場合には、車体の動揺に伴い、車体受がつめの上面にのし上がる可能性は十分にあるものと考えられ、また、車体の動揺によつて、車体受の重量が詰木の一端にかかる結果として、詰木の他の一端を持ち上げる作用をすることも推測にかたくない。一方、ハッカーは、その両肩部がピンで止められているのであるが、車体の動揺により、つめの部分が外側に開こうとする力を増すであろうことも疑いない。
したがつて、車体の動揺によつて、ハッカーのつめが車体からはずれた結果、本件事故の発生に至つたものと考えられる。
2、車体の不安定
前記のように、本件車体の安定は、専らハッカーとトロッコにのみ依存していたのであるが、ハッカーがはずれた場合にそなえ、鉄製の馬乃至はその代用物を用いる余地が十分にあつた筈である。床下機器や作業位置の関係上、正規の馬を用いることが困難であつたとしても、枕木を積重ねる等の方法で、車体の安定を補強することは可能であると思われる。
3、ハッカーの不安定
本件車体は、別紙第三図のごとく、底部が丸味を帯びている関係上、車体が動揺したり、または、ハッカーのつめが確実に車体受にかかつていないためハッカーのつめ(当時ハッカーのつめは、水平であつて、先端が上部に垂直に曲つていなかつた。)が外方に開くと、大事を招く危険性が大きいので、ハッカーの先端が開くことを防ぐため、ハッカーの両脚をロープで結着する等の方法によつて、ハッカーの安定をはかるべきであつた。
4、会社の責任
(1) 前記のように、本件事故については、種々の原因が推測されるが、そもそも会社としては、本件車体のごとくぼう大な重量を有するものを、一本のワイヤーロープとハッカーで吊上げ、その下部にもぐりこませて作業に当らせるという危険な作業方式をとるべきでなく、現に車体幅の広いものについて用いているリフテイング・ジヤッキのごとき吊上装置を使用するとか、或いは、作業順序を変更して、車体の吊上げを要しない段階で、先に孔明工事を済ませた後に、上心皿取付工事を行う(現に、本件事故後、会社では作業順序をかように変更している)ようになすべきもので、これら吊上装置の選択乃至作業順序のたて方の点において、会社には、労務の安全確保に関し、注意義務を怠つた過失があるというべく、更にまた、先に指摘したように、車体内部で作業中であるにもかかわらず、車体下部の孔明工事を同時に強行したこと、ハッカーがはずれた場合にそなえて、車体の安定をはかるための馬若くはその代用物を用いる等の予防手段をとつていなかつたこと、ハッカー安定のための措置を講じていなかつたことについても、右同様の過失があるというべく、したがつて、これらの点で、会社は民法七〇九条による損害賠償義務を負わなければならない。
(2) 仮にそうでないとしても、申請人等が孔明工事に着手するにもかかわらず、車体内部の作業を中止させる措置をとらなかつた点、車体安定のための馬乃至その代用物を用いなかつた点及びハッカー安定のための措置を怠つた点の三点において、森田工程課長、及びその指揮下にある前記力石のそれぞれに職務上の注意義務を尽くさなかつた過失があり(工程課は、車輛完成までの計画、部品の準備、並びに車体の移動配置等操車関係の職務を担当するもので、右に指摘したような事故防止のための措置は、いずれも、同課においてなし得、且つなすべきところである)、更に、本件車体の工事全般につき総括的指揮者の地位にあつた佐藤課長(第二工場長)又は中野課長にもまた過失があつたものというべく、かかる被用者の過失に基く本件事故については、使用者たる会社が、民法七一五条による損害賠償義務を負わなければならない。
(3) 仮にそうでないとしても、本件車体の吊上げに用いたハッカー及びクレーン等一連の吊上装置は、いわゆる土地の工作物というべきものであるところ、その構造上、車体の動揺によつて車体からはずれる可能性が大きく、また、その設置方法が不安定であつたことは前記のとおりであり、したがつて、本件事故は、かような工作物の設置保存の瑕疵に基くものとして、その占有者にして且つ所有者たる会社は、民法七一七条による損害賠償義務を負わなければならない。
三、申請人のこうむつた損害と仮処分の必要性
本件事故の結果、申請人は腰椎第一骨折等の傷害を受け、入院加療を続け、昭和三三年二月頃には、会社に出勤し倉庫係として勤務したが、病状悪化のため、数日にして就業不能となり、今日に至つている。
しこうして、申請人は、本件事故当時満四〇年であり、今後の就労可能年数は一五か年で、且つ、就労可能の場合、右一五か年間に所得しうべき賃金収入は、一か月平均少くとも一五、〇〇〇円を下回らないので、就業不能に陥つた結果、合計二七〇万円相当の得べかりし利益を失つたこととなる。また、本件受傷事故のため申請人のこうむつた精神的損害は三〇万円に相当するので、申請人は、会社に対し、金二七〇万円の財産的損害賠償請求権並びに金三〇万円の慰藉料請求権を有するものである。一方、申請人一家は、申請人夫婦及び二男一女の計五名であるが、負傷により賃金収入の途を絶たれた結果、著しい生活の脅威にさらされている。よつて申請人は、先に当庁に対し、会社を相手どり損害賠償等請求訴訟を提起し、現に当庁昭和三三年(ワ)第一九一九号事件として係属中であるが、右のごとき生活の脅威のため、本案判決の確定をまつことのできない状況にあるので、申請人の有する損害賠償請求権のうち、本件事故当時の申請人の平均賃金たる一日金四六三円の割合による金員の支払を求める部分につき、本判決言渡の以降毎月末日限り、仮にその支払を受くべき地位にあることを定める旨の仮処分を求める。
なお、申請人は、昭和三一年一一月二日以降昭和三三年三月三日まで、労働者災害補償保険法(以下労災保険法という)により、一か月約八、〇〇〇円の割合による休業補償費(右期間合計金一三三、九六四円)の保険給付を受けていたが、その後病状固定し、治療を継続して再手術をこころみても快癒の見込がない旨の権威ある医師の診断もあつたので、同月四日、障害補償費の給付を申請したところ、労働基準監督署において、労基法七七条所定別表第一の第六級に該当するとの認定を得て、平均賃金の六七〇日分として、金三一〇、三五七円の支給を受けたものである。ところで、申請人には、労災保険法上、右保険給付に関連して不服の申立を行う余地が与えられているが、それには、権威ある医師の判定を覆えすだけの自信がなければならず、また、最終決定を得るまでには、かなりの時日と費用を要するのであつて、その日暮しの状態で生活苦にあえいでいる申請人が、かかる手続に訴えることは、到底期待し得べくもなく、したがつて、これを以て本件仮処分の必要性を云々するのは当らない。
第二、被申請会社の主張
被申請会社訴訟代理人は、「申請人の申請は、これを却下する。訴訟費用は、申請人の負担とする」旨の判決を求め答弁として次のとおり述べた。
一、申請人の主張事実のうち、申請人がその主張の日に会社に入社し、その主張のような勤務についていたこと、昭和三一年一一月二日申請人が田中音松及び松本正春と共に、本件車体の上心皿孔明工事に従事したこと、午後五時三〇分頃、右工事の作業中に、本件車体が落下し申請人が負傷したこと、本件事故当時の申請人の平均賃金が一日金四六三円であること、本件事故当時申請人が満四〇年であつたこと、申請人主張の本案訴訟が係属中であることは、いずれもこれを認める。
二、事故の原因と会社の責任に関する申請人の主張について
申請人が、本件事故の原因であるとして主張しているところは、いずれも当を得ないものである。すなわち、会社では、従来から、本件事故の際と同様の作業方式をとつており、クレーン運転手の資格、その操作方法及び玉掛工の指名等は、労働基準監督署の指示にしたがい、また、使用するクレーン、ワイヤー、ハッカーについても、定期的に点検を行つており、創業以来いちどもこの種事故がなかつたものである。
1、会社の製品は、注文生産方式で、受注から納期まで短期間であるうえ、近時全般的に業務の繁忙をきわめている関係上、労働組合との間に超過労働に関する協定を結び、従業員一人一日当り平均二・五時間の超過労働を命じている状況であつたが、申請人に命じた本件車体の上心皿孔明工事は、短時間作業であつて、且つ、平常行つている残業の範囲内のことに属し、とくに突貫作業という程のものではない。
一方、本件事故発生当時、天井扇風機取付のため、電気工及び大工約五、六名が車体内部で作業に従事していたが、かような共同作業は従来も行われていたところであり、且つ、本件車体は、すでに床下機器類の取付を終え出場直前のものであつて、車輛自重は台車を除いて二〇トンであるから、右六名の工員の体重を〇・三三トンと見ても(平均体重五五キログラムとして)、そのためとくに車体に動揺をきたすような影響があるものとは到底考えられない。
2、申請人は、車体を馬で支えるべきであつたと主張するが、車体を支えるには前後二か所の枕梁の部分に限られており、本件孔明作業は、右枕梁の中央でなされていたのであるから、馬を置くと、工事を行うことが到底不可能となるのである。
3、申請人は、ハッカーの安定が不十分であつたと主張する。たしかに、本件車体は、底部が丸味を帯びているから、(丸味を帯びていない国鉄の車輛等に比較すると)車体をハッカーで支えた場合、一見いかにも危険であるかのように見えるが、別紙第二図で明かなように、車体底部が丸味を帯びているか否かによつて、車体受とハッカーとの接触固定の関係に差異を来すわけのものではない。更に、樫詰木は、鉄製の車体と鉄製のハッカーとの滑り止めのために、常時使用しているもので、ハッカー安定のため間に合わせ的に使用しているものではない。
以上のとおり、事故の原因についての申請人の主張は、いずれも理由なく、したがつてまた、これを根拠として、会社に損害賠償義務があるという申請人の主張は排斥を免れない。
三、損害の発生に関する申請人の主張について
申請人は、本件事故による負傷の結果就業不能に陥つたと主張するが、申請人の手足の運動、歩行、言語動作等は、一見して健康者と変りなく、また会社では、申請人の就労を拒否しているわけのものではなく、現に申請人の受傷程度を考慮して、倉庫係等の力の要らない軽作業につけるよう計つたのにもかかわらず、申請人は、労務に堪えないとしてこれを拒否し現在に至つているものである(後記のごとく、障害補償保険給付に当つての障害等級も、第六級と認定されているが、これは、全然いかなる職種にも就労できない等級ではない)から、真実申請人に就業の意思があれば、職種次第では、十分に就業可能の状態にあるものといわねばならない。
更に、申請人は、後記のごとく、労災保険法による保険給付を受けているが、その保険料は、保険加入者たる会社が支払つており、申請人が右保険給付を受けることにより、会社は、労基法上の当該災害補償の責を免れると同時に、他方、仮に会社に民法上の損害賠償の義務があるとしても、その範囲では責を免れることとなる(労基法八四条)。
四、仮処分の必要性に関する申請人の主張について
仮に申請人主張の被保全権利が認められるとしても、以下述べるような理由から、仮処分の必要性を欠くものである。
申請人は、本件受傷事故につき、療養補償並びに休業補償を受ける権利があり、療養開始後三年を経過しても負傷がなおらないときは、平均賃金一、二〇〇日分の打切補償を受ける権利がある(労基法七五、七六、八一条)。しこうして、申請人は、現に本件受傷事故につき、労災保険法により、負傷の日たる昭和三一年一一月二日から昭和三三年三月三日までの休業補償費として、金一三三、九四六円の保険給付を受けたが、同月四日に至り、自ら進んで、負傷はなおつたとして障害補償費の給付を希望し、労基七七条所定別表第一の第六級の障害等級(「背柱に著しい畸形又は運動障害を残すもの」)の認定のもとに、平均賃金の六七〇日分金三一〇、三五七円の給付を受けたものである。もし、申請人の受傷部位が治癒せず、引続き療養を続ける必要があるならば、前記のように、三年間は療養補償及び休業補償を受ける権利があるし、また、一応障害補償費を受領したが、障害等級の認定に不服があつたり、未治癒としての療養の継続を希望するならば、労災保険法三五条所定の審査の請求をなしうるものであるところ、申請人は、何らかかる手続をとつていない。したがつて、申請人は、労基法乃至労災保険法上認められている権利の行使に万全を期していたならば、更に、十分な災害補償に浴し得ていた筈であるにもかかわらず、とるべき手段をとらないで自ら招いた緊急状態を理由に、仮処分の必要性を主張することは許されないというべきである。
しかも、申請人は、前記のように、昭和三三年三月四日、平均賃金の六七〇日分の障害補償費を受領しているのであるから、申請人がその後全くの無収入であるとしても、従来の平均賃金受領当時と同程度の生活を保つかぎり、昭和三五年一月頃までは、就労時と同様の生活を継続しうる筋合であり、この点からみても、あえて断行の仮処分を求める必要性があるものとは到底いいがたく、しかも、申請人は、現に、妻子と共に故郷の実家に帰郷し、生活環境も遂次有利に展開しているので、本案判決の確定をまつことができない程の生活苦に追いこまれているものとは考えられない。
第三、疏明関係<省略>
理由
一、申請人がその主張の日に会社に入社し、艤装課配管部門の臨時工として勤務していたものであること、昭和三一年一一月二日、申請人が田中音松及び松本正春と共に本件車体の上心皿孔明工事に従事したこと、同日午後五時三〇分頃右工事の作業中に本件車体が落下し申請人が負傷したことは、いずれも当時者間に争いがなく、証人田中音松、松本正春、力石豊三郎、杉本丑松、森田潔の各証言並びに申請人本人尋問の結果を綜合すると、右一一月二日、会社第二工場では、本件車体の製造工程の大半を終え、床下機器類の取付も終了し、車体内部に電気器具等を取付ける工事が進められていたが、当日は台車取付工事の一環として上心皿孔明工事を行う予定になつており、朝から森田工程課長を通じ申請人はじめ器具部門の工員に対してその旨の指示が伝えられていたところ、同日午後四時頃右車体内部の作業と並行して上心皿孔明工事にとりかかることになり、工程課操車関係の作業を担当する力石豊三郎の指示によつて第二工場から本件車体の前後両端を二台のトロツコに乗せて新工場作業現場まで移動したこと、新工場到着後右力石の指図により、工程課工員の手で、本件車体前方(以下車体の前後左右を示す表現はいずれも進行方向に向かつてのそれを指す)の車体受の箇所を、別紙第三図のとおり、クレーンと連結したワイヤー附ハツカー(吊具)ではさみ、ハツカーと車体受の間に樫詰木をさしこんだ後、クレーンを操作して、車体前方のトロツコを取除け、別紙第一図のとおり後方のトロツコと水平の高さに保つよう車体の吊上げを終つたこと、そこで前記田中、松本及び申請人の三名は右ハツカーで吊上げた部分の下部にもぐりこみ、別紙第三図図示のごとき位置につき、田中が孔明のために使用する電気ドリルを携え、前方を向いてかがみこみ、上向きの姿勢で右ドリルを操作し、車体床下の上心皿を取付ける部分に孔を明ける作業に着手し、申請人はその向い側でひざを地面につける姿勢をとり、右電気ドリルの柄を手で支えて右田中の作業を補助し、松本もまた孔明けが正確に行われるようその横にあつて田中の作業を見まもつていたこと、ところが三か所の孔明けが終り最後の四箇目の孔明けにかかつた頃、突如ハツカーがはずれ、その結果ハツカーで支えられていた車体前方部が落下し、床下機器のかげにかがみこんでその隙間から外部にはい出した田中、松本の両名は殆んど無傷で難を免れたが、申請人のみ、車体が右頭部、肩、右半身の各部分を強打した結果後記認定のような傷害をこうむるに至つたものであることを、それぞれ認めることができる。
二、そこで、本件落下事故の原因について検討する。前掲各疏明資料並びに弁論の全趣旨を合わせると、
1、本件車体は二〇トンの重量を有し、且つこれを吊上げた際のハツカー、樫詰木、車体受の接触固定の関係並びにそれらの各部分の長さがそれぞれ別紙第三図図示のとおりであつたこと
2、申請人が前記田中、松本両名と共に本件上心皿孔明工事のため車体下部にもぐりこんで作業に従事中車体内部では天井扇風機その他器具取付のため約五、六名の工員が作業に当つていたこと
3、本件車体の落下直前、車体が僅かながら左右に動揺し、車体前方左側の車体受とハツカーの間にさしこんでいる樫詰木の先端部分が持上げられるような形となり、次いでバリバリと木片の割れるような音が聞えたこと
4、本件車体の落下後ハツカーのつめの両側が車体受の部分からはずれて車体の両側にそうて垂れ下がり、車体前方左側の樫詰木が割れておりかつハツカーのつめの先端突出部分がわん曲する等の異常がみられたこと
5、クレーン、ハツカー及び両者を連結するワイヤーのいずれについても伸縮のあとが見られなかつたこと
6、車体後方のトロツコで支えている部分の車体とトロツコの間には三本の盤木がさしこんであり、且つ、トロツコ、盤木には異常が見られなかつたこと
が疏明され、証人松本正春、力石豊三郎、森田潔の各証言中右認定に反する部分は信用しがたく、他に右認定を動かすに足る疏明資料はない。
右認定の事実によると、本件車体の車体受の下面とハツカーのつめの上側表面(ハツカーのつめは車体受からはずれないように先端が上方にまがつているが、その突出部分の上側表面)の高さの差は約一五乃至二〇ミリであつて、ハツカーのつめはかかる僅かの余地を残すのみの状態で、鍵形に車体受にかかつていたこととなるが、五、六名の工員が車体内部で作業中であつたことは前認定のとおりであり(その体重が車輛の自重に比較すれば、会社主張のように二パーセントにも満たぬ程度のものであつたとしても)本件車体のような方法で吊上げられているときにあつては、右工員等の作業位置が車体の一方の側に偏る等の事情があつた場合に僅かではあつても車体の動揺乃至振動を招来するであろうことは推測に難くなく(しかも一旦かかる動揺乃至振動を生ずれば、車体が厖大な体積と重量を有するだけにいつそう運動が強くなるものである)、更に、樫詰木は会社において専門的に製作しているものであることは証人森田潔の証言で窺えるところであるけれども、ひとしく樫材を用いても常に均一な強度、厚みの製品が得られるとは考えられず、強度の劣る製品も含まれておれば、厚みの多過ぎる製品もあつたと思われる。そして厚みが多過ぎると、つめにのせた場合、先端突出部分と水平になり、車体受との接触面はひつかかりのない、不安定な状態となるし、またつめと車体受のかかり具合についても、つめと車体受が直角に交叉するような形に完全にかかつていたものかどうか疑わしく、あるいは斜になり、あるいは、つめの突出した先端が、車体受の下にひつかかつていたことも前記森田証人の証言と、樫詰木のわれたこと、つめの先端がまがつていた事跡とあいまつて十分に考えられるところであつて、結局これら車体の動揺、樫詰木の材質・強度、厚み、つめと車体受のかかり具合等一連の条件が競合した結果(車体が動揺し、詰木が割れるという経過を経て)、ハッカーが車体からはずれたものであることを推認することができる。
三、次に、本件事故の発生について会社に責任があるかどうかを判断する。
本件の如く、自重二〇トンの車体をハッカーで吊上げ、その下部で作業するにあたつては、従業員としては車体落下の危険防止のため、万全の措置をとるべき注意義務あることは、いうまでもないところであり、本件では、前認定の如く、車体の動揺とハッカーのつめかけ方が不完全であつたことが、事故発生の一因とみられる以上右ハッカーを車体受にかけた他の従業員は勿論、これを検認すべき現場責任者力石豊三郎に右注意義務違背の過失あるものというべく、また車体吊上げによる孔明工事を知りながら、車体内で器具取付工事を進め、車体の動揺を生ぜしめ他の従業員、ならびにこれを放置し制止しなかつた右力石豊三郎等責任者も、右同様過失あるを免れ難く、従つて会社は、これら従業員の過失に基く本件事故につき、使用者としてその責に任じなければならないのは、当然である(会社が右従業員の選任、監督について過失がなかつたとの点は、適確な主張もなければ、その疏明もない。)
また他方、本件車体の製造工事のごとく、これに従事する労働者の身体生命にとつて危険な事故の発生する恐の多い工事については、企業者たる会社において、各種装置の設営操作並びに作業工程の編成実施につき、作業員の身体生命の安全確保と危険防止のため万全の注意を払うべき義務を有することはいうまでもない。ところで本件についてこれを見るに、上心皿孔明工事は前記の如く二〇トンの重量を有する車体の下部で作業に当らせるものであるから、会社としては作業時の車体の固定方法につき落下防止のため深甚な注意を払わなければならないものというべきである。しかして、会社では本件事故の以前から本件車体と同様車体幅のせまいものについては本件同様の方式による吊上装置を用いて車体を吊上げ作業員をその下部にもぐりこませて上心皿孔明工事に従事させていたものであるが(この点は証人森田潔の証言によつて認められる)、前認定のように、車体の動揺・振動、樫詰木の材質・強度、厚み、ハッカーのつめのかかり具合等の条件如何によつては、ハッカーのはずれる恐れが決して少なくないのであるから、会社としては、本件の如き装置、操作方法、作業方式を採用すること自体に、前記注意義務違背の過失あるを免れ難いものといわなければならない。即ち、本件の如く、ハッカーを使用するにしてもハッカーの両脚をワイヤーで結着することによつてハッカーが外方に開くことを防止するとか、(床下機器の位置との関係で一定の限度はあるにしても)ハッカーのつめの高さをできるだけ大きくすることによりつめのかかり具合を完全にするとか、或いは、詰木の材質・厚み・大きさ等について改善を加え緩衝効果を高めるための方法を講ずる等落下事故防止のためなお一段の安全確保の措置をとる余地が十分にあつたものといわねばならない。更に、証人田中音松の証言で窺われるごとく、床下機器取付関係の工事は車体をトロッコに乗せレール上に固定し、地面を掘起した部分で作業に当らせ、ハッカー等を用いて車体を吊上げる必要がなかつたのであるから、右床下機器取付の段階で、本件孔明工事を行わせるという作業順序をとるならば、(証人森田潔、力石豊三郎の証言によると本件事故発生後は、かかる順序がとられていることが認められる)、少くともハッカー使用による落下事故発生の恐れは完全に防止し得たわけであり、以上何れの点よりするも、会社は本件事故による申請人負傷の結果について、本段冒頭説示の注意義務を怠つた過失の責を負うべきものと断ぜざるを得ない(証人森田潔、田中音松の各証言によれば、本件同種の落下事故は前例なく、且つ他の車輛製造工場でも被申請会社におけると同様の作業方式をとつていることを認め得るが、この点を考慮にいれても右判断を左右するに足りない。)。
四、よつて以下損害賠償の額について考える。
成立に争いのない甲第一号証、証人杉本実の証言、申請人本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を綜合すると、申請人は本件事故により第一腰椎骨折等の傷害を受け、直ちに大阪市城東区所在藤繩病院に入院し、その後済生会野江病院に移つて治療を続け、昭和三二年四月末頃には一旦小康を得たので出社して配管部門の軽労働に従事したが、約四日間就労したのみで身体の不調を訴えて休職するに至り、引続き通院治療の生活を送るうち、病状がはかばかしくないので、専門の外科医の診察を求めたところ、再手術を施せば疼痛は軽減するが他の神経障害が加わるかもしれないとの意見であつたため再手術を断念し、昭和三三年二月中頃出社して、約一週間材料運搬助手の作業に就いたが疼痛を訴えて休職したまま現在に至つているものであり、現に、第一腰椎変形骨癒合、脊髄膜の癒着、骨組織の脊髄圧迫等の根症状があり、長時間の起立、歩行、躯幹の運働が困難であることが認められ、且つ、労災保険法による障害補償費の保険給付に当り労基法七七条所定別表第一の第六級の障害等級(「脊柱に著しい畸形又は運動障害を残すもの」)にあたるとの認定を受けたことは当事者間に争いなく、これらの事実によれば、申請人は特別の事情なき限り、一応本件事故の結果就労不能に陥つたものというべきである。
そして、申請人が本件負傷当時、会社から受領していた平均賃金の額が一日四六三円であつたことは当事者間に争いがない。一方、弁論の全趣旨によると申請人は将来においても専ら被傭労働者として被申請会社におけると同種の筋肉労働に従事し賃金を得ることによつてのみ収入の途を開き得る立場にあるものであることが認められ、且つ、この種労務に従事し得る期間は一般的に満五五年ぐらいまでであると認めるのが相当であるから、結局申請人が本件負傷(そのとき、申請人が満四〇年であつたことは当事者間に争いがない)の結果失つた利益は、右賃金額を基準にして算出した一五箇年間の収入額たる金二五三四、九二五円であるといわなければならない。(もつともその間には賃金の増額も予想されるが、反対に減額、失職の場合も考えられるのであるから、一応これらは考慮の外におくのが相当である。)そして、この損害を、一時に賠償させる場合の金額は、右負傷時を現在時としてホフマン式計算法により毎年末の利益につき向う一五箇年間毎年分毎に年五分の割合による中間利息を控除計算した結果算出される金二、〇〇〇、一二〇円となる(なお、前認定のような申請人の従来の病状の経過、短期間出社した際の勤務の経過、現在の症状並びに後記認定のような申請人の経済的能力下で可能と思われる今後の医療措置の範囲、程度等を綜合すると、申請人の前記就労不能の状態は、右一五箇年間継続するものと一応認めるに足る疎明があつたものというべきである。)
しかしながら一方において申請人が本件事故に関して所轄労働基準監督署から労災保険法に基く保険給付として休業補償費一三三、九六四円、障害補償費三一〇、三五七円を受領していることは当事者間に争いがない。ところで、労基法八四条二項によれば、災害補償の対象となつた損害と民法上の損害賠償の対象となる損害とが同質同一である場合には、民法上の損害賠償責任を問うに際しては災害補償をなした限度で賠償者は民法上の損害賠償義務を免れるものであるが、この理は、災害補償が、本件のごとく労災保険法に基く保険給付の形式で行われた場合についてもそのままあてはまるこというまでもない。しかして、前記休業補償費並びに障害補償費は本件事故により休業のやむなきに至つた結果得べかりし経済的利益を失つたことの損害を顛補するものであるから、該金員は前記認定の損害額中から控除すべきものであることは疑を容れない。よつて申請人は、会社に対し少くとも金一、五五五、七九九円の支払を一時に求めうる損害賠償請求権を有するものというべきである。
五、最後に、本件仮処分の必要性について考える。申請人本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、申請人は妻のほか現に在学中の子供三人をかかえ、実家たる肩書地に居住し、実母と妻の収入にのみ依存して糊口をつないでいるものであり、且つ前記労災保険給付は、その殆どを療養生活中の家族の生活費、医療費、借金の返済等に充て、現在経済的にすこぶる窮迫した生活状態に追いこまれていることが認められる。
一方申請人は本件事故につき労基法により療養補償並びに休業補償を受ける権利があり、療養開始後三年を経過しても負傷がなおらないときは打切補償を受ける権利があること、従つて、労災保険法によつて、それぞれに該当する保険給付を受ける権利を有することは、会社の主張するとおりである。しかして、会社は、申請人が右三年に至らずして障害補償費の保険給付を受け、且つ、その際の障害等級の認定につき何ら不服申立の方法をなさなかつたこと等を理由に、申請人は労基法乃至労災保険法上認められている権利の行使に万全を期さなかつたものであるとし、仮処分の必要性を否定する趣旨の主張をしているのであるが、右のような労基法、労災保険法上の救済手段のあることは、必ずしも仮処分による救済を排除するものではない。とくに本件では、証人杉本実の証言並びに申請人本人尋問の結果によつて、窺われる如く、申請人は昭和三二年二月頃前記済生会野江病院の担当医から治療を続けてもこれ以上はなおらないとの診察をうけて同病院を退院し、その後所轄労働基準監督署の担当監督官の勧告で先に認定したとおり専門の外科医の診察を求めたところ再手術を施せば疼痛は五分の三程度までには軽減するが、他の神経障害が加わるかもしれないとの意見であつたので、借金がかさみ一時にまとまつた金員を必要とした事情もあつて、診察に当つた医師や会社労務課の係員、前記監督官等からは再手術を勧められたが、障害補償費の保険給付を受けるべく申請の手続をとるよう会社に申出で、その結果昭和三三年三月四日前記第六級の障害等級にあたるものとの認定を受け、平均賃金六七〇日分の右保険給付を受けたまま(右保険給付受領の点は、当事者間に争いがない。)何らの不服申立方法もとつていないのであるが、右認定のような経過に照すと、申請人が前記三年の経過をまたずして療養の継続を断念すると共に障害補償費の保険給付を希望するに至つたことは、無理もなかつたというべきであり、他方障害等級の認定につき不服申立の方法をとらなかつた点も、事柄が専門的な医師の診断意見の当否にわたる問題であるだけに、申立の採用される希望はきわめて薄く、しかも、最終的結論を得るまでにはかなりの日時と費用を見こまねばならないこと等よりすれば、これを以て、より適切な救済手段があるにかかわらず、これを放置するものとして仮処分の必要性を否定するに足るものとは到底考えがたい。更に、会社は申請人が前記日時に平均賃金六七〇日分の障害補償費の保険給付を受けた以上、昭和三五年一月頃までは就労時同様の生活程度を保持しうる筋合であるから、あえて断行の仮処分を得るまでもないと主張するが、申請人がこれら保険給付にかかわらず、なお前記金一、五五五、七九九円の支払を一時に求めうるのであり、しかも右保険給付の殆どをすでに費消し尽くしたこと前認定のとおりである以上、これを以て、仮処分の必要性を阻却する理由とはなしえない。
以上のとおりであるから、当裁判所は、申請人の有する前記損害賠償請求権につき、本判決言渡の日以降一日金四六三円の割合による金員を毎月末日限り仮に支払を受くべき地位にあることを定める旨の本件仮処分申請の範囲において、その必要性があるものと認める。(なお申請人主張の慰藉料請求権については、その当否について判断するまでもなく、右財産的損害賠償請求権に基く仮処分が許される以上、さらにこれが仮の満足を求める仮処分の必要性は肯認しがたい。)
よつて、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 金田宇佐夫 塩田駿一 角谷三千夫)
(別紙)<省略>